日記 (2023 年 8 月 1 日)
今日は、 完了相と完結相の活用です。 母音消失についても少し触れます。
活用に入る前に、 まず母音消失について触れます。 アッカド語では、 短母音から成る開音節が語末以外で 2 連続することが基本的に許されていません。 そのため、 語形変化によって短母音の開音節が連続した場合、 2 つ目の開音節の母音が消失することが多いです。 例えば、 taptarasī という語形には tara という短母音開音節が連続している箇所がありますが、 これは許されないので、 2 つ目の a が消失して taptarsī になります。
これを踏まえて、 G 型の完了相の活用を見てみましょう。 完了相の活用は、 第 1 根素の直後に -ta- が入るのが特徴です。 G 型の完了相の活用では、 1ta2a3 という形が語幹となり、 継続相のときと同じ接頭辞と接尾辞が付けられます。 ただし、 接尾辞として母音が付けられる形では、 今述べた母音消失の規則により、 第 2 根素と第 3 根素の間の母音が消失します。 幹母音は単語によって異なりますが、 単語によらず継続相のときと同じになります。
完 | ||
---|---|---|
三.単 | iptaras | i-1ta2a3 |
二.男.単 | taptaras | ta-1ta2a3 |
二.女.単 | taptarsī | ta-1ta23-ī |
一.単 | aptaras | a-1ta2a3 |
三.男.複 | iptarsū | i-1ta23-ū |
三.女.複 | iptarsā | i-1ta23-ā |
二.複 | taptarsā | ta-1ta23-ā |
一.複 | niptaras | ni-1ta2a3 |
さらに注意すべき点として、 第 1 根素が d, ṭ, s, ṣ のいずれかだった場合、 直後の t がその子音に同化します。 例えば、 saḫāpum の完了相三人称単数形は、 istaḫap ではなく issaḫap です。 また、 第 1 根素が g だった場合は、 直後の t は d になるのが普通です。 例えば、 gamārum の完了相三人称単数形は、 igtamar ではなく igdamar です。
残りの 3 つの型の完了相の活用は一気に見てしまいましょう。 D 型と Š 型での幹母音は常に i で、 N 型での幹母音は単語ごとに変わります。 また、 Š 型と N 型では -ta- が入るのが第 1 根素の前であることと、 N 型では n が直後の t と同化することは、 注意すべきかもしれません。
完 | ||
---|---|---|
三.単 | uptarris | u-1ta22i3 |
二.男.単 | tuptarris | tu-1ta22i3 |
二.女.単 | tuptarrisī | tu-1ta22i3-ī |
一.単 | uptarris | u-1ta22i3 |
三.男.複 | uptarrisū | u-1ta22i3-ū |
三.女.複 | uptarrisā | u-1ta22i3-ā |
二.複 | tuptarrisā | tu-1ta22i3-ā |
一.複 | nuptarris | nu-1ta22i3 |
完 | ||
---|---|---|
三.単 | uštapris | u-šta12i3 |
二.男.単 | tuštapris | tu-šta12i3 |
二.女.単 | tuštaprisī | tu-šta12i3-ī |
一.単 | uštapris | u-šta12i3 |
三.男.複 | uštaprisū | u-šta12i3-ū |
三.女.複 | uštaprisā | u-šta12i3-ā |
二.複 | tuštaprisā | tu-šta12i3-ā |
一.複 | nuštapris | nu-šta12i3 |
完 | ||
---|---|---|
三.単 | ittapras | i-tta12a3 |
二.男.単 | tattapras | ta-tta12a3 |
二.女.単 | tattaprasī | ta-tta12a3-ī |
一.単 | attapras | a-tta12a3 |
三.男.複 | ittaprasū | i-tta12a3-ū |
三.女.複 | uttaprasā | i-tta12a3-ā |
二.複 | tattaprasā | ta-tta12a3-ā |
一.複 | nittapras | ni-tta12a3 |
次に、 G 型の完結相の活用です。 今度は 12u3 という形が語幹となり、 継続相のときと同じ接頭辞と接尾辞が付けられます。 幹母音は単語によって異なり、 継続相や完了相のときと異なる場合があります。
結 | ||
---|---|---|
三.単 | iprus | i-12u3 |
二.男.単 | taprus | ta-12u3 |
二.女.単 | taprusī | ta-12u3-ī |
一.単 | aprus | a-12u3 |
三.男.複 | iprusū | i-12u3-ū |
三.女.複 | iprusā | i-12u3-ā |
二.複 | taprusā | ta-12u3-ā |
一.複 | niprus | ni-12u3 |
残りの 3 つの型の完結相の活用も一気に見てしまいます。 これらの型での幹母音は常に i です。 また、 N 型では母音消失が起こることも注意が必要ですね。
結 | ||
---|---|---|
三.単 | uparris | u-1a22i3 |
二.男.単 | tuparris | tu-1a22i3 |
二.女.単 | tuparrisī | tu-1a22i3-ī |
一.単 | uparris | u-1a22i3 |
三.男.複 | uparrisū | u-1a22i3-ū |
三.女.複 | uparrisā | u-1a22i3-ā |
二.複 | tuparrisā | tu-1a22i3-ā |
一.複 | nuparris | nu-1a22i3 |
結 | ||
---|---|---|
三.単 | ušapris | u-ša12i3 |
二.男.単 | tušapris | tu-ša12i3 |
二.女.単 | tušaprisī | tu-ša12i3-ī |
一.単 | ušapris | u-ša12i3 |
三.男.複 | ušaprisū | u-ša12i3-ū |
三.女.複 | ušaprisā | u-ša12i3-ā |
二.複 | tušaprisā | tu-ša12i3-ā |
一.複 | nušapris | nu-ša12i3 |
結 | ||
---|---|---|
三.単 | ipparis | i-n1a2i3 |
二.男.単 | tapparis | ta-n1a2i3 |
二.女.単 | tapparsī | ta-n1a23-ī |
一.単 | apparis | a-n1a2i3 |
三.男.複 | ipparsū | i-n1a23-ū |
三.女.複 | ipparsā | i-n1a23-ā |
二.複 | tapparsā | ta-n1a23-ā |
一.複 | nipparis | ni-n1a2i3 |
形が分かったところで、 意味についてです。 完了相は、 過去のとある地点で発生した行為が現在にまで影響を及ぼしていることを表します。 そこから派生して、 最近完了したばかり出来事を表したり、 場合によっては今もまだ行っていることを表したりもします。 このことから、 特にこの行為に注目しているのだというニュアンスを表すために使われることもあるらしいです。
完結相は、 過去に起こったことを 1 つのまとまった出来事として捉えます。 古典ギリシャ語のアオリスト時制に近いんじゃないかなと思っています。
『ハンムラビ法典』 は、 今後の裁判のために作られた法律というよりは、 ハンムラビ本人による判例を集めたものという側面が強いため、 全体的に過去の出来事として書かれています。 そのため、 それぞれの法は 「もし誰かが~したら~ (という判決に) する」 という形式で書かれるのですが、 この前件に当たる 「誰かが~したら」 の部分には完了相や完結相が使われることが多いようです。
さて、 前回と今回で、 継続相, 完了相, 完結相という 3 つの活用を一気にやってしまいましたが、 ここでちょっとまとめておきましょう。 どの活用でもベースとなる形につく接頭辞と接尾辞は共通なので、 実質的に重要なのは三人称単数形です。 ということで、 各型の各相での三人称男性単数形をまとめて表にしておきます。
継続相 | 完了相 | 完結相 | |
---|---|---|---|
G 型 | iparras | iptaras | iprus |
D 型 | uparras | uptarris | uparris |
Š 型 | ušapras | uštapris | ušapris |
N 型 | ipparras | ittapras | ipparis |
まず、 接頭辞が i-/ta-/a-/ni- なら G 型か N 型で、 u-/tu-/u-/nu- なら D 型か Š 型です。 G 型なのか N 型なのかは n が入っているかどうか (実際には n は第 1 根素に同化するので第 1 根素が重子音になっているかどうか) で区別でき、 D 型か Š 型かは š が入っているかどうかで区別できます。
完了相かどうかは ta の有無で簡単に分かります。 継続相か完結相かはちょっと分かりづらいです。 D 型か Š 型であれば、 第 2 根素と第 3 根素の間の母音が a か i かで区別できます (というかそれしか区別する術がない)。 G 型か N 型であれば、 第 2 根素が重子音になっているかどうかで区別できます。
ただ、 これを判別法として覚えるのはたぶん良くない (というか危険) だと思います。 というのも、 動詞語幹はこれまでに挙げた 4 種類だけではなくさらに派生したものがいくつかあるためです。 例えば、 Gt 語幹の継続相形は iptarras ですが、 活用を正確に覚えていないと G 型の完了相形だと思ってしまうかもしれません。 あくまで覚えるときの手がかりにするくらいですかね。