概要

World Atlas of Language Structures (WALS)』 は、 世界中の言語の類型論的特徴をまとめたデータベースである。 調査されている言語の特徴は合計 192 種類あり、 調査項目ごとに 2 個~ 10 個程度のカテゴリに言語が分類されている。 WALS の Web ページでは、 言語ごとにその分類を一覧したり、 特定の調査項目のカテゴリの分布を地図で確認したりすることができる。

このページでは、 シャレイア語の類型論的特徴を明らかにすることを目的として、 WALS の各調査項目におけるシャレイア語の分類をまとめた。

一覧

以下に各項目とその値を一覧する。 続くセクションで各項目のより詳細な解説を記す。

項目
1AConsonant inventoriesaverage
2AVowel quality inventoriesaverage
3AConsonant-vowel ratioaverage
4AVoicing in plosives and fricativesin both plosives and fricatives
5AVoicing and gaps in plosive systemsnone missing in /p/, /t/, /k/, /b/, /d/, /ɡ/
6AUvular consonantsuvular continuants only
7AGlottalized consonantsno glottalized consonants
8ALateral consonantswith /l/, no obstruent laterals
9AThe velar nasalno velar nasal
10AVowel nasalizationcontrastive nasal vowels absent
11AFront rounded vowelsnone
12ASyllable structuremoderately complex syllable structure
13AToneno tones
14AFixed stress locationsultimate
15AWeight-sensitive stressfixed stress
16AWeight factors in weight-sensitive stress systemsno weight
17ARhythm types
18AAbsence of common consonantsall present
19APresence of uncommon consonants“th” sounds
20AFusion of selected inflectional formativesexclusively concatenative
21AExponence of selected inflectional formativesmonoexponential case
21BExponence of tense-aspect-mood inflectionmonoexponential TAM
22AInflectional synthesis of the verb4–5 categories per word
23ALocus of marking in the clauseP is dependent-marked
24ALocus of marking in possessive noun phrasespossessor is dependent-marked
25ALocus of marking: whole-language typologyconsistently dependent-marking
26APrefixing vs suffixing in inflectional morphology
27AReduplicationno productive reduplication
28ACase syncretismno case marking
29ASyncretism in verbal person/number markingno subject person/number marking
30ANumber of gendersnone
31ASex-based and non-sex-based gender systemsno gender system
32ASystems of gender assignmentno gender system
33ACoding of nominal pluralityplural word
34AOccurrence of nominal pluralityplural in all nouns, always optional
35APlurality in independent personal pronounsperson stem with a nominal plural affix
36AThe associative pluralassociative plural absent
37ADefinite articlesneither definite nor indefinite
38AIndefinite articlesneither indefinite nor definite
39AInclusive/exclusive distinction in independent pronounsno inclusive/exclusive opposition
40AInclusive/exclusive distinction in verbal inflectionno person marking at all
41ADistance contrasts in demonstrativestwo-way contrast
42A
43A
44A
45A
46A
47A
48A
49A
50A

解説

1A: Consonant inventories

子音音素は 22 個~ 23 個である。 子音文字は 20 個だが、 ln は 2 つの音素を表すため、 子音音素は 22 個となる。 また、 外来語などにおいて u と他の母音が連続したときに間に挿入されることがある /w/ を音素として数えれば、 23 個となる。

2A: Vowel quality inventories

母音音質の種類は 5 種類である。

3A: Consonant-vowel ratio

子音音素と母音音質の比率は 4.4~4.6 である。 /w/ を音素に入れないのであれば 4.4 で、 入れるのであれば 4.6 となる。

なお、 average と moderately high の境界が 4.5 に設定されているため、 /w/ を音素として認めるか否かで分類が変わってしまう。 ここでは、 /w/ が現れる頻度が非常に低いため、 /w/ を音素に入れない場合の値である 4.4 を採用し、 average に分類した。

4A: Voicing in plosives and fricatives

破裂音と摩擦音の両方について有声無声の区別がある。

5A: Voicing and gaps in plosive systems

/p/, /t/, /k/, /b/, /d/, /ɡ/ を全て音素として区別する。

6A: Uvular consonants

口蓋垂音として /ɴ/ をもつ。

7A: Glottalized consonants

声門化子音はもたない。

8A: Lateral consonants

側面音として /l/ をもつが、 側面阻害音はもたない。

9A: The velar nasal

軟口蓋音はもたない。 さらに、 音素に /n/ をもつが、 これは /k/ や /ɡ/ などの軟口蓋音の前でも [ŋ] に同化しない。

10A: Vowel nasalization

鼻母音と口母音の区別はもたない。

11A: Front rounded vowels

前舌円唇母音はもたない。

12A: Syllable structure

可能な音節は V, CV, VC, CVC のみで、 音節内で子音が 2 個以上連続することはない。 また、 母音から始まる V, VC は稀である。

13A: Tone

声調の区別はもたない。

14A: Fixed stress locations

アクセント位置は固定で、 常に語幹の最後の音節に置かれる。 ここで、 活用形の最後の音節ではなく、 語幹の最後の音節であることには注意されたい。 単語が動詞として使われる場合は、 語幹の後に 1 音節の活用接尾辞が付くので、 結果的に最後から 2 番目の音節に置かれることになる。

15A: Weight-sensitive stress

14A で見た通り、 アクセント位置は常に語幹の最後の音節で、 音節の重さによって変わることはない。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

16A: Weight factors in weight-sensitive stress systems

14A で見た通り、 音節の重さによるアクセント位置の変化はない。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

18A: Absence of common consonants

両唇音と摩擦音と鼻音を全てもち、 具体的には以下の音素をもつ。 両唇音としては /p/, /b/, /m/ を区別する。 摩擦音は多く /f/, /v/, /θ/, /ð/, /s/, /z/, /ʃ/, /ʒ/ を区別する。 鼻音は /n/, /m/, /ɴ/ を区別する。

19A: Presence of uncommon consonants

吸着音や両唇軟口蓋音や咽頭音はもたないが、 歯摩擦音として /θ/ と /ð/ をもつ。 ただし、 重発音と呼ばれる発音変種では、 これらはそれぞれ /t͡s/ と /d͡z/ で発音されるため歯摩擦音をもたない。

20A: Fusion of selected inflectional formatives

時制や格などの文法範疇は、 全て膠着的な接辞によって表される。

vilises a tel.
vilis-e-s走る--. a tel
私は走った。

1 では、 動詞 vilis に対して、 過去時制を表す接尾辞 e と無相通常態を表す接尾辞 s が付けられている。 また、 名詞 tel は、 対格を表す助詞 a とともに表れている。 これらの接尾辞や助詞は音韻的接語であり、 常にホストとなる単語を必要とする。

21A: Exponence of selected inflectional formatives

格を表す形態素は格のみを表し、 その他の文法範疇を同時に表すことはない。

sôdac a ces e sakil.
sôd-a-c食べる--. a ces e sakilリンゴ
彼はリンゴを食べている。

1 では、 名詞の前に置かれている助詞 ae はそれぞれ主格と対格のみを標示しており、 数や定性などの情報はもっていない。

21B: Exponence of tense-aspect-mood inflection

時制を表す形態素は時制のみを表す。 相を表す形態素は相の他にも態を同時に表すが、 形態素を弁別素性レベルで分解すれば、 相を表す形態素と態を表す形態素を分離することができる。 これについては、 次の例で説明する。

dodes a tel.
dod-e-s悲しむ--. a tel
私は悲しんだ。
dodez a tel li ces.
dod-e-z悲しむ--. a tel li ces
彼は私を悲しませた。

12 の両方において、 dod に付随している e は過去時制のみを標示している。 また、 その後に付随している s は無相と通常態を同時に表しており、 z は無相と補助態を同時に表している。 この分析では、 相を表す形態素は同時に態も表していることになる。

しかし、 全ての相に対し、 通常態を表す形態素は無声子音であり、 補助態を表す形態素はそれを有声化したものになっている。 そこで、 相のみを表す形態素として無声子音を立て、 通常態と補助態を表す形態素としてそれぞれ [−voice] と [+voice] を立てれば、 相と態はそれぞれ個別の形態素によって標示されると分析できる。 この見方では、 2dodez という形は、 動詞 dod に対して、 過去時制の /e/ と無相の /s/ と補助態の [+voice] という 3 つの形態素が付けられたものと見なされる。

22A: Inflectional synthesis of the verb

動詞に付属する活用的形態素の最大数は 5 つである。 具体的には、 時制, 相, 態, 極性, 疑問性の 5 つである。

pa ducákes vade pil a loc ca fèd?
pa du-cák-e-s-来る--. vade~の理由で pilどんなこと a locあなた ca fêdここ
なぜあなたはここに来なかったのですか?

1 では、 動詞 cák に対して、 疑問を表す pa, 否定を表す du, 過去時制を表す e, 無相通常態を表す s という 4 つの文法的接語が付随している。 最後の形態素は相と態を同時に表すので、 これらの文法的接語によって合計 5 つの文法範疇が示されていることになる。

なお、 疑問を表す pa は、 綴り字上は単独の単語として分かち書きされるが、 動詞なしで現れることがなく他の接語との順番が固定であることから、 ここでは文法的接語として扱った。

23A: Locus of marking in the clause

動詞とその項の関係は、 項の方に標示され、 動詞の方には標示されない。

lanes a ces zi sod ca kosax.
lan-e-s行く--. a ces彼女 zi sod ca kosax学校
彼女は家から学校へ行った。

1 では、 動詞 lan の項 ces, sod, kosax にそれぞれ助詞 a, zi, ca が付随しており、 その格を標示している。 動詞には、 動詞の項の情報を示すような形態素は付けられない。

24A: Locus of marking in possessive noun phrases

名詞とその所有者の関係は、 所有者の方に標示され、 所有される名詞の方には標示されない。

salat a fit e loqis i tel.
sal-a-tである--. a fitこれ e loqis tel
これは私の車だ。

1 における loqis i tel 「私の車」 の部分が所有関係の表現である。 ここで、 所有を表す i は後接語であり、 後続する tel と一体となって 「私の」 の意味の表現を作る。 所有される名詞である loqis には標識が付けられない。

25A: Locus of marking: whole-language typology

23A24A で見たように、 動詞の項や所有関係はどちらも依存部に標示される。 また、 形容詞による関係についても、 形容詞に活用接頭辞が付けられて名詞は変化しないため、 ここでも依存部標示が行われている。 このことから、 依存分標示が圧倒的に優勢である。

27A: Reduplication

畳音は見られない。

28A: Case syncretism

格は曲用ではなく独立した形態素によって示される。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

29A: Syncretism in verbal person/number marking

人称や数の標識は存在しない。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

30A: Number of genders

名詞性や名詞クラスは存在しない。

31A: Number of genders

30A で見た通り、 名詞性や名詞クラスは存在しない。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

32A: Systems of gender assignment

30A で見た通り、 名詞性や名詞クラスは存在しない。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

33A: Coding of nominal plurality

複数は独立した単語 véf によって示される。

34A: Occurrence of nominal plurality

複数は独立した単語 véf によって示されるが、 これの使用は完全に任意である。 むしろ、 véf が置かれると 「複数であることを強調している」 というニュアンスが付加される。

vilisac a tific avéf.
vilis-a-c走る--. a tific子供 a-véf-~たち
子供たちが走っている。
vilisac a tific.
vilis-a-c走る--. a tific子供
子供が走っている。

1 では、 tific 「子供」 に avéf が修飾することで、 子供が複数人いることを明示している。 21 から avéf を取り除いて得られる文だが、 この文は子供が 1 人だけいる状況も複数人いる状況も表し得る。

35A: Plurality in independent personal pronouns

人称代名詞は他の名詞と全く同じ扱いを受けるため、 人称代名詞の複数は他の名詞の場合と同じく véf によって示され、 その使用は任意である。

zecases a ces avéf zi dales.
zecas-e-s逃げる--. a ces a-véf-~たち zi dales
彼らは犬から逃げた。
zecases a ces zi dales.
zecas-e-s逃げる--. a ces zi dales
彼/彼らは犬から逃げた。

1 では、 ces 「彼」 に avéf が修飾し、 ces が指す対象が複数人いることを明示している。 21 から avéf を取り除いて得られる文だが、 ces が指す対象が 1 人の場合も複数人の場合もあり得る。

なお、 一人称複数を表す場合のみ、 一人称単数を表す代名詞 tel とは異なる形態素である zál が用いられる。 これは、 一人称複数の 「私達」 が、 一人称単数の 「私」 の集合体ではなく 「私」 とその他誰かとの集合体であるため、 「私」 とは別概念だと捉えられているからだと考えられる。

36A: The associative plural

連合複数は累加複数 (通常の複数) と明確に区別されるが、 連合複数を表す決まった構成は存在しない。

véf を用いた複数の表現は、 常に累加複数を表し連合複数を意味することはない。 連合複数を表す決まった表現は存在しないが、 1 つの方法として名詞の後に o focis を続ける構成がしばしば見られる。

qetat a monaf avéf vo nasfek.
qet-a-tいる--. a monaf a-véf-~たち vo~に nasfek
猫たちが庭にいる。
qetat a monaf o focis vo nasfek.
qet-a-tいる--. a monaf o focisその他 vo~に nasfek
猫たちが庭にいる。

1monaf avéf は累加複数であり、 猫が複数いることを表している。 一方で 2monaf o focis は連合複数で、 猫とその他の動物がいることを表している。

37A: Definite articles

定冠詞も不定冠詞ももたない。

38A: Indefinite articles

37A で見た通り、 不定冠詞は存在しない。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

39A: Inclusive/exclusive distinction in independent pronouns

一人称単数と一人称複数の代名詞は区別されるが、 一人称複数の代名詞において包括と除外は区別されない。

40A: Inclusive/exclusive distinction in verbal inflection

人称による活用がそもそも存在しない。 そのため、 この項目の調査の対象ではない。

41A: Distance contrasts in demonstratives

連体指示詞として働く単語は、 直示中心からの距離によって近称と遠称の 2 つを区別する。 近称の連体指示詞は話し手もしくは話し手と聴き手がいる空間から比較的近いものを指し、 遠称の連体指示詞は話し手もしくは話し手と聴き手がいる空間から比較的遠いものを指す。 聴き手だけに近いものを指す指示詞は存在しない。