日記 (2020 年 4 月 8 日)
4 月 5 日と 4 月 6 日で扱った 3 種類のモデルは、 乗法的論理積 ⊗ (とその単位元 ⊤) と指数的演算子 ! のみを解釈するものであった。
線型論理にはこれ以外にも論理結合子があるので、 それらも解釈しようとすると追加の構造が必要になる。
ここでは、 否定結合子の解釈について触れようと思う。
否定結合子の解釈には、 スター自律圏の構造を使うのが一般的である。
これは Barr†1 によって導入された構造で、 圏の全ての対象がその圏の中に双対をもつようなものである。
スター自律圏の記述には、 以下の 2 種類の方法がある。
定義 4.1.
対称モノイダル圏 を考える。
ここに、 次の条件を満たすような忠実充満関手 -∗:∘→ が定まっているとする。
すなわち、 任意の対象 A,B,C に対して、 全ての変数に対して自然な全単射
Hom(A⊗B,C∗)≅Hom(A,(B⊗C)∗)
が成り立つ。
このとき、 をスター自律圏 (star-autonomous category) という。
また、 関手 -∗ を双対関手 (dualising functor) と呼ぶ。
定義 4.2.
対称モノイダル圏 を考える。
がモノイダル閉であり、 次の条件を満たすような対象 ⊥ が定まっているとする。
すなわち、 任意の対象 A に対して、 モノイダル閉性の余単位 εA⊥:A⊗(A⊸⊥)→⊥ の転置 κA:A→(A⊸⊥)⊸⊥ は同型射である。
このとき、 をスター自律圏 (star-autonomous category) という。
また、 対象 ⊥ を大域的双対対象 (global dualising object) と呼ぶ。
これら 2 つの定義は同値である。
命題 4.3.
上記のスター自律圏の 2 つの定義は同値である。
証明.
思ってたほど単純ではなくまだ証明ができていないので、 証明ができたときに加筆する。
スター自律圏とは任意の対象が双対をもつような圏であるわけだが、 もとの圏がモノイダル閉で引き戻しをもつならば、 全ての対象が双対をもつとは限らない場合でも、 双対をもつように圏を拡大できることが知られている。
この操作は Chu†2 によるもので、 Chu 構成と呼ばれる。
定義 4.4.
モノイダル閉圏 の対象 ⫫ を 1 つ固定し、 圏 Chu(,⫫) を以下のように定義する。
- Chu(,⫫) の対象は、 の対象 A,A と射 a:A⊗A→⫫ の組 (A,A,a) とする。
- Chu(,⫫) の 2 つの対象 (A,A,a),(B,B,b) の間の射は、 の射 f:A→B,f:B→A の組 (f,f) であって、 図式
A⊗BA⊗AB⊗B⫫id⊗ff⊗idab
を可換にするものである。
- Chu(,⫫) の射の合成は、 成分ごとの合成であるとする。
この圏 Chu(,⫫) を、 による Chu 構成 (— construction) という。
定理 4.5.
モノイダル閉圏 およびその対象 ⫫ をとる。
が引き戻しをもつならば、 Chu(,⫫) はスター自律圏の構造をもつ。
証明.
まず、 Chu(,⫫) に対称モノイダル圏の構造を定義する。
対象 (A,A,a),(B,B,b) に対し、
a := ❲B⊸AB⊸(A⊸⫫)(A⊗B)⊸⫫id⊸a♯❲ b := ❲A⊸BA⊸(B⊸⫫)(A⊗B)⊸⫫id⊸b♯❲
とおく。
ここで、 a♯:A→A⊸⫫ と b♯:B→B⊸⫫ はそれぞれ a と b の転置であり、 ラベルのない射は標準的な同型射である。
これらの射を用いて、 引き戻し
XB⊸AA⊸B(A⊗B)⊸⫫ab
を計算すると、 その合成射として x♯:X→(A⊗B)⊸⫫ が定まる。
この転置を x:X⊗(A⊗B)→⫫ とおき、
(A,A,a)⊗(B,B,b):=(A⊗B,X,x)
と定義する。
これにより、 Chu(,⫫) のテンソル積が定まった。
このテンソル積は明らかに対称であり、 また単位元は ⊤:=(⊤,⫫,λ⫫) で与えられる。
ここで、 λ⫫:⊤⊗⫫→⫫ は標準的な同型射である。
次に、 Chu(,⫫) にスター自律圏の構造を与える。
対象の第 1 成分と第 2 成分を入れ替える関手
-∗: Chu(,⫫)∘ ⟶ Chu(,⫫) (A,A,a) ⟼ (A,A,a∘σAA)
を考えると、 これが双対関手を定める。
なお、 σAA:A⊗A→A⊗A はテンソル積の順序を入れ替える同型射である。
この関手は明らかに忠実充満であるから、 任意の対象 (A,A,a),(B,B,b),(C,C,c) に対し、
Hom((A,A,a)⊗(B,B,b),(C,C,c)∗)≅Hom((A,A,a),((B,B,b)⊗(C,C,c))∗)
が全ての変数に対して自然に成り立つことを示せば良い。
テンソル積の定義によって、
XB⊸AA⊸B(A⊗B)⊸⫫qpabYC⊸BB⊸C(B⊗C)⊸⫫srbc
をともに引き戻しとし、 x と y をそれぞれの合成射の転置とすれば、 示すべき式は、
Hom((A⊗B,X,x),(C,C,c∘σCC))≅Hom((A,A,a),(Y,B⊗C,y∘σY,B⊗C))♡
と書ける。
これを示す。
射 (f,f):(A⊗B,X,x)→(C,C,c∘σCC) をとる。
図式
AYC⊸BB⊸C(B⊗C)⊸⫫srbcf♯(p∘f)♮g
を考える。
ここで、 f♯ は f:A⊗B→C の転置であり、 (p∘f)♮ は p∘f:C→A⊸B と 2 回の転置で対応する射である。
この図式の外側は可換であることが示せるので、 この全体を可換にするような破線の射 g:A→Y が一意に存在する。
さらに、 g:B⊗C→A を q∘f:C→B⊸A の転置として定める。
すると、 求めていた射 (g,g):(A,A,a)→(Y,B⊗C,y∘σY,B⊗C) が得られる。
この逆の構成も、 同様に引き戻しの普遍性を用いて行うことができるので、 式 ♡ が示された。
命題 4.3 の証明によって、 スター自律圏の対象 A,B に対し、 モノイダル閉圏の構造と双対関手は A⊸B≅(A⊗B∗)∗ という関係で結びついていることが分かる。
このことから、 Chu(,⫫) の対象 (A,A,a),(B,B,b) に対し、 引き戻し
XB⊸AA⊸B(A⊗B)⊸⫫ab
を計算し、 得られる合成射の転置を x:X⊗(A⊗B)→⫫ とすれば、
(A,A,a)⊸(B,B,b):=(X,A⊗B,x)
と書けることが分かる。
また、 大域的双対対象については、 ⊥≅⊤∗ であることから、 ⊥≅(⫫,⊤,ρ⫫) と書ける。
定理 4.6.
モノイダル閉圏 およびその対象 ⫫ をとる。
このとき、 は Chu(,⫫) の余反射的部分圏と見なせる。
すなわち、 忠実充満関手 i:→Chu(,⫫) が存在して、 これに右随伴関手が存在する。
証明.
まず、 包含関手は、
i: ⟶ Chu(,⫫) ❲ABf❲ ⟼ ❲(A,A⊸⫫,εA⫫)(B,B⊸⫫,εB⫫)(f,f⊸id)❲
によって与えられる。
ここで、 εA⫫:A⊗(A⊸⫫)→⫫ はモノイダル閉性の余単位である。
これが忠実充満なのは明らかである。
さらに、 この右随伴関手は、 第 1 成分への射影
r: Chu(,⫫) ⟶ ❲(A,A,a)(B,B,b)(f,f)❲ ⟼ ❲ABf❲
である。
このことは容易に示せる。
以上のことから、 乗法的論理積と指数的演算子を解釈する線型論理の圏論的モデル (すなわち線型圏) があるとして、 それに加えて否定結合子も解釈できるモデルが欲しいとなれば、 Chu 構成 Chu(,⫫) を作るというのが 1 つの方法として考えられる。
しかし、 Chu(,⫫) が線型圏になるように関手 !:Chu(,⫫)→Chu(,⫫) を定めるのは容易ではない。
これに関しては、 また別の機会で触れようと思う。
参考文献
- M. Barr (1979) 『Star-Autonomous Categories』 Springer-Verlag
- P.-H. Chu (1978) 「Constructing ∗-autonomous categories」 Ph. D. thesis, McGill University