日記 (2018 年 8 月 5 日)
今回は、 普通の圏論でも非常に重要な役割を果たす Yoneda の補題の豊穣圏バージョンを証明しようと思う。
ところで、 モノイダル圏 に対して -豊穣関手圏が存在するためには、 が完備かつ対称モノイダル閉である必要があった。
が対称モノイダル閉であると仮定するのは 自身を -豊穣圏と見なすのに不可欠なので仕方ないとしても、 完備性まで仮定するのは少々強すぎるので、 本題に移る前にこの過程を弱めるための準備をする。
命題 4.1.
完備対称モノイダル閉圏 をとり、 -豊穣小圏 および -豊穣関手 F,G:→ を考える。
このとき、 任意の の対象 X に対し、 全単射
Hom(X,⟦F,G⟧→)≅{-豊穣自然変換 γ:X⊗F-⇒G}
が成り立ち、 X に関して自然である。
証明の前に、 命題の意味を明確にしておこう。
まず、 命題中に出てくる -豊穣関手 X⊗F-:→ の定義を明確にする。
の対象 A,B に対し の射 (X⊗F-)AB:(A,B)→(X⊗FA)⊸(X⊗FB) が定まっているはずである。
これは、 FAB:[A,B]→FA⊸FB とテンソル積の随伴で対応する射を FAB♭:FA⊗[A,B]→FB とするとき、 idX⊗FAB♭:X⊗FA⊗[A,B]→X⊗FB と対応する射として定める。
このようにすると、 X⊗F- は -豊穣関手の公理を満たす。
実際、 任意の の対象 A,B,C に対し、 F が -豊穣関手であることから、
[A,B]⊗[B,C][A,C][FA,FB]⊗[FB,FC][FA,FB]FAB⊗FBCcABCFACcFA,FB,FC♤1
は可換である。
テンソル積の随伴を用いると、 この図式の可換性は、
FA⊗[A,B]⊗[B,C]FA⊗[A,C]FA⊗(FA⊸FB)⊗(FB⊸FC)FB⊗(FB⊸FC)FCid⊗cABCid⊗FAB⊗FBCFAC♭εFA,FB⊗idεFB,FC
の可換性と同値である。
ここで定義から、 例えば FAB♭=εFA,FB∘(idFA⊗FAB) であるから、 上の図式において初めに下に行って右に行く合成は、
FA⊗[A,B]⊗[B,C]FA⊗[A,C]FB⊗[B,C]FCid⊗cABCFAB♭⊗idFAC♭FBC♭♤2
と書き換えられる。
この図式全体に左から X をテンソルし、 図式 ♤1 から図式 ♤2 を得た操作と逆の操作を行えば、 X⊗F- が合成と可換であることを意味する図式が得られる。
他の図式の可換性についても同様の方法で確かめられる。
次に、 命題中の全単射が X に関して自然であるとはどういうことなのか明確にする。
この全単射の右辺の集合を SX と書くことにすると、 の対象 X に対し集合 SX を対応させる規則は、 以下のように関手 S:∘→Set に拡張できる。
の射 f:Y→X に対し、 -豊穣自然変換 γ:X⊗F-⇒G は、 命題 2.3 によって、 の対象 A に対する の射 γA:X⊗FA→GA の族であって、 任意の の対象 A,B に対し、
[A,B](X⊗FA)⊸(X⊗FB)GA⊸GB(X⊗FA)⊸GB(X⊗F-)ABGABid⊸γBγA⊸id♡
を可換にするものと見なせる。
ここで、 の対象 A に対して δA:=γA∘(f⊗idFA) とおくと、 これは -豊穣自然変換 δ:Y⊗F-⇒G を定める。
実際、 任意の の対象 A,B に対し、
Y⊗FA⊗[A,B]Y⊗FBX⊗FA⊗[A,B]X⊗FBGA⊗[A,B]GBid⊗FAB♭f⊗idf⊗idid⊗FAB♭γA⊗idγBGAB♭
を考えると、 上側の矩形部分は明らかに可換で、 下側の矩形部分は図式 ♡ 全体をテンソル積の随伴で移したものなので可換である。
したがって、 この図式の外周も可換であるが、 これは δ の自然性を表す図式をテンソル積の随伴で移したものであるので、 δ は -豊穣自然変換になっている。
以上により、 (Sf)γ:=δ と定めることで写像 Sf:SX→SY が定まり、 これにより S は関手になる。
そして、 命題中の全単射が自然であるとは、 同型な自然変換 Hom(-,⟦F,G⟧)⇒S が存在するということである。
証明.
任意に の対象 X をとる。
8 月 2 日の命題 2 の証明と同様の議論により、 同型の違いを除けば、 Hom(X,⟦F,G⟧) の元は、 の対象 A に対する の射 mA:X→FA⊸GA の族であって、 任意の の対象 A,B に対し、
[A,B]⊗X(FA⊸FB)⊗(FB⊸GB)FA⊸GBX⊗[A,B](FA⊸GA)⊗(GA⊸GB)FAB⊗mBσ[A,B],XcFA,FB,GBmA⊗GABcFA,GA,GB
が可換になるものである。
この図式をテンソル積の随伴で移すと、
FA⊗[A,B]⊗XFA⊗(FA⊸FB)⊗(FB⊸GB)FB⊗(FB⊸GB)GBFA⊗X⊗[A,B]FA⊗(FA⊸GA)⊗(GA⊸GB)GA⊗(GA⊸GB)id⊗FAB⊗mBσ[A,B],XεFA,FB⊗idεFB,GBid⊗mA⊗GABεFA,GA⊗idεGA,GB
となる。
ここで、 mA とテンソル積の随伴で対応する射を γA:X⊗FA→GA とおく。
すなわち、 γA=εFA,GA∘(idFA⊗mA) が成り立つ。
この等式などを用いた上で、 適切にテンソル積の順番を入れ替えると、 上の図式は、
X⊗FA⊗[A,B]X⊗FBGA⊗[A,B]GBid⊗FAB♭γA⊗idγBGAB♭
と書き換えられる。
そして、 これをテンソル積の随伴で移した図式が、 まさに γ が -豊穣自然変換であることを表す図式である。
以上により、 全単射
Hom(X,⟦F,G⟧)≅SX
が示された。
この全単射の自然性を確かめる。
そのためには、 任意の の射 f:Y→X に対し、
Hom(X,⟦F,G⟧)SXHom(Y,⟦F,G⟧)SY-∘fSf
が可換であることを示せば良い。
すなわち、 上の記号において、 族 (mA∘f)A∈ に対応するものが (Sf)γ であることを示す。
しかし、 全単射の定義から、 (mA∘f)A∈ に対応するのは、 の各対象 A に対し γA∘(f⊗idFA):Y⊗FA→GA が定める -豊穣自然変換であり、 これは (Sf)γ そのものである。
したがって、 命題の全単射の自然性も示された。
上の命題の同型が成り立つかどうかというのは、 が完備であるかどうかに関わらず言及することができる。
そこで、 以下のように ⟦F,G⟧ を再定義することにする。
定義 4.2.
対称モノイダル閉圏 をとり、 -豊穣小圏 および -豊穣関手 F,G:→ を考える。
ある の対象 N が存在して、 任意の の対象 X に対し、 全単射
Hom(X,N)≅{-豊穣自然変換 γ:X⊗F-⇒G}
が X に関して自然に成り立つとする。
このとき、 N を F から G への自然変換対象 (natural transformation object) といい、 ⟦F,G⟧→ で表す。
この定義のもと、 豊穣圏における Yoneda の補題は以下のように定式化できる。
定理 4.3 [豊穣 Yoneda の補題 (enriched — lemma)].
対称モノイダル閉圏 をとり、 -豊穣小圏 および -豊穣関手 F:→ を考える。
任意の の対象 K に対し、 自然変換対象 ⟦[K,-],F⟧ が常に存在し、 同型
⟦[K,-],F⟧≅FK
が成り立つ。
まず、 -豊穣関手 [K,-]:→ の射の対応を明確にしておく。
の対象 A,B に対する の射 [K,-]AB:[A,B]→[K,A]⊸[K,B] は、 cKAB:[K,A]⊗[A,B]→[K,B] とテンソル積の随伴で対応する射とする。
これは -豊穣関手の公理を満たす。
例えば合成との可換性については、 まず任意の の対象 A,B,C に対し、
[K,A]⊗[A,B]⊗[B,C][K,A]⊗[A,C][K,B]⊗[B,C][K,C]id⊗cABCcKAB⊗idcKACcKBC
は可換である。
この図式において最初に下に行って右に行く合成は、
[K,A]⊗[A,B]⊗[B,C][K,A]⊗[A,C][K,A]⊗([K,A]⊸[K,B])⊗([K,B]⊸[K,C])[K,C]id⊗cABCid⊗[K,-]AB⊗[K,-]BCcKACε[K,B],[K,C]∘(ε[K,A],[K,B]⊗id)
と書き換えることができる。
この図式全体をテンソル積の随伴で移せば、
[A,B]⊗[B,C][A,C]([K,A]⊸[K,B])⊗([K,B]⊸[K,C])[K,A]⊸[K,C]cABC[K,-]AB⊗[K,-]BC[K,-]ACc[K,A],[K,B],[K,C]
となり、 これは [K,-] が合成と可換であることを表す図式である。
他の -豊穣関手の公理についても同様である。
証明.
定義 4.2 により、 任意の の対象 X に対し、 全単射
Hom(X,FK)≅{-豊穣自然変換 γ:X⊗[K,-]⇒F}
が X に関して自然に成り立てば良い。
の射 h:X→FK をとる。
の対象 A に対し、 合成
X⊗[K,A]FK⊗[K,A]FAh⊗idFKA♭
を γA とおく。
このとき、 の対象 A,B に対して、 図式
X⊗[K,A]⊗[A,B]X⊗[K,B]FK⊗[K,A]⊗[A,B]FK⊗[K,B]FA⊗[A,B]FBid⊗cKABh⊗idh⊗idid⊗cKABFKA♭⊗idFKB♭FAB♭♧
を考えると、 上側の矩形部分は明らかに可換で、 下側の矩形部分は図式 ♤2 を得たのと全く同じようにして可換である。
この外周をテンソル積の随伴で移すと、
(X⊗[K,-])AB♭=idX⊗[K,-]AB♭=idX⊗cKAB
であることに注意して、
[A,B](X⊗[K,A])⊸(X⊗[K,B])FA⊸FB(X⊗[K,A])⊸FB(X⊗[K,-])ABFABid⊸γBγA⊸id
を得る。
以上で、 -豊穣自然変換 γ:X⊗[K,-]⇒F が定まった。
逆に、 -豊穣自然変換 γ:X⊗[K,-]⇒F をとる。
合成
XX⊗1X⊗[K,K]FKρX−1id⊗jXγK
を h とおけば、 射 h:X→FK が得られる。
この 2 つの操作は互いに逆になっていることが、 以下のようにして分かる。
の射 h:X→FK に対し、 図式
XX⊗1X⊗[K,K]FKFK⊗1FK⊗[K,K]FK⊗(FK⊸FK)FKρX−1hid⊗jKh⊗idh⊗idρFK−1idid⊗jKid⊗jFKid⊗FKKFKK♭εFK,FK
は可換であることがすぐに分かる。
この図式の外周の可換性は h から始めて操作を 2 回行うともとに戻ることを意味している。
-豊穣自然変換 γ:X⊗[K,-]⇒F に対しては、 の対象 A に対し、
X⊗[K,A]X⊗1⊗[K,A]X⊗[K,K]⊗[K,A]X⊗[K,A]FK⊗[K,A]FAρX−1⊗ididid⊗jK⊗idγK⊗idid⊗cKKAγAFKA♭
は可換である。
実際、 右側の平行四辺形部分は ♧ を得たのと同じ方法で可換であり、 中央の三角形部分は明らかに可換である。
これより、 γ から操作を 2 回行ってももとに戻ることが分かる。
以上により、 の対象 X に対して、
Hom(X,FK)≅{-豊穣自然変換 γ:X⊗[K,-]⇒F}
が示された。
あとはこの全単射が X に関して自然であることを示せば良い。
そのためには、 命題 4.1 のときと同様に上の式の右辺を SX と書くことにしたとき、
Hom(X,FK)SXHom(Y,FK)SY-∘fSf
が可換であることを確かめれば良い。
すなわち、 の射 h:X→FK に対応する -豊穣自然変換を γ:X⊗[K,-]⇒F として、 h∘f と対応するのが (Sf)γ であることを示せば良い。
しかし、 h∘f に対応するのは、 の各対象 A に対して γA∘(f⊗idFA):Y⊗[K,A]→FA が定める -豊穣自然変換であり、 これは (Sf)γ である。
よって、 示したかった自然性も得られた。
ここで証明した豊穣 Yoneda の補題
⟦[K,-],F⟧≅FK
は、 実は K に関して自然である。
さらに、 が完備ならば、 豊穣関手圏 Fun(,) が存在するので、 この同型が F に関して自然であるという言及もでき、 実際に自然になっている (はずである)。
この自然性の証明をするには、 実際にやってみると分かるが、 非常に煩雑な計算を行う必要がある。
暇潰しにでもどうだろうか。
参考文献
- F. Borceux (1994) 『Handbook of Categorical Algebra: Volume 2』 Cambridge University Press