日記 (2020 年 3 月 14 日)
集合と写像が成す圏 Set は最も基本的な圏の 1 つであるということに異論はないと思うが、 この Set の特徴付け、 すなわちある圏が Set と圏同値であるための必要十分条件として、 以下が知られている。
定理 1.
局所小圏 が Set と圏同値であるための必要十分条件は、 共変 Yoneda 埋め込み関手 Y:→Set∘ を右端とする長さ 5 の随伴列 U⊣V⊣W⊣X⊣Y が存在することである。
この定理は、 Wood†1 によって予想され、 Rosebrugh–Wood†2 によって証明されたものである。
この事実が何に使えるのかはよく分からないが、 とにかく結果の意味不明さに興味をもったので、 日記としてまとめながら証明を追ってみようと思う。
今日は定理の証明の前半部分として、 主張の必要性、 すなわち Set において問題の随伴列が構成できることを示す。
これは、 以下の 3 つの補題から従う。
補題 2.
関手 F:→ について、 が小圏で が局所小圏ならば、 関手
F∗: Set∘ ⟶ Set∘ Q ⟼ Q∘F
は右随伴と左随伴をもつ。
すなわち、 随伴列 ∃F⊣F∗⊣∀F が存在する。
証明.
の対象 D に対し、 コンマ圏 D↓F を考える。
これは次のような圏である。
- D↓F の対象は、 の対象 C および の射 f:D→FC の組 (C,f) である。
- D↓F の 2 つの対象 (C,f),(C,f) の間の射は、 の射 h:C→C であって、 図式
DFCFCffFh
を可換にするものである。
このコンマ圏を用いて、 関手 ∃F を次のように定義する。
∃F: Set∘ ⟶ Set∘ P ⟼ ❲ ∘ ⟶ Set D ⟼ colim(C,f)∈D↓FPC❲
が小圏で が局所小圏であることから D↓F は小圏であり、 Set は余完備であるから、 式中の余極限は常に存在する。
この ∃F が F∗ の左随伴関手を与える。
それを示すには、 Set∘ の対象 P と Set∘ の対象 Q に対し、 集合としての自然な同型
HomSet∘(P,F∗Q)≅HomSet∘((∃F)P,Q)♡
を示せば良い。
まず、 左辺の集合の元 (すなわち自然変換) α:P⇒F∗Q をとる。
の対象 D および D↓F の対象 (C,f) に対し、
θD(C,f):=Qf∘αC:PC→QD
とおく。
ここで、 任意の D↓F の射 h:(C,f)→(C,f) に対して、 図式
PCPCQFCQFCQDαCαCPhQfQfQFh
は可換であるが、 この図式の外側の可換性は θD(C,f) たちが colim(C,f)PC に関する余錐であることを意味している。
したがって、 余極限の普遍性によって、 写像 βD:colim(C,f)PC→QD が得られる。
これは D に関して自然であることが容易に確かめられるので、 自然変換 β:(∃F)P⇒Q が得られた。
逆に、 自然変換 β:(∃F)P⇒Q が与えられたとする。
これは、 の各対象 D に対して、 写像 βD:colim(C,f)PC→QD が定まっているものである。
さらに余極限の構造射との合成により、 D↓F の各対象 (C,f) に対して、 射 θD(C,f):PC→QD が得られる。
ここで、 特に D:=FC および f:=idFC とおけば、 射
αC:=θFC(C,id):PC→QFC
が得られる。
これは C に関して自然であることが容易に確かめられるので、 自然変換 α:P⇒F∗Q が得られた。
以上の構成は互いに逆になっているので、 式 ♡ が示された。
なお、 右随伴関手 ∀F の構成は同様であるため省略する。
補題 3.
局所小圏の間の関手 F:→,G:→ について、 随伴 F⊣G が成立していれば F∗⊣G∗ も成立する。
証明.
随伴 F⊣G の余単位を ε:F∘G⇒id とおくと、 P との合成によって、 Set∘ の射
ηP:=P∗ε:P→P∘F∘G
が得られる。
P∘F∘G=G∗F∗P であり、 上の射は P に関して自然だから、 自然変換 η:idSet∘⇒G∗∘F∗ が誘導される。
同様にして、 随伴 F⊣G の単位 η:id⇒G∘F からは、 自然変換 ε:F∗∘G∗⇒idSet∘ が誘導される。
さらに、 η と ε が随伴の三角可換図式を満たすことから、 η と ε も随伴の三角可換図式を満たすことが従う。
以上により、 F∗⊣G∗ が成り立つ。
補題 4.
小圏 上の Yoneda 埋め込み関手を Y:→Set∘ とし、 圏 Set∘ 上の Yoneda 埋め込み関手を Z:Set∘→Set(Set∘)∘ とする。
このとき、 随伴 Y∗⊣Z が成り立つ。
証明.
記号の簡略化のため P:=Set∘ とおく。
PP の対象 Φ と P の対象 P に対し、 集合としての自然な同型
HomP(Y∗Φ,P)≅HomPP(Φ,ZP)♡
を示せば良い。
左辺の集合の元 α:Y∗Φ⇒P をとる。
P の対象 R および の対象 C に対し、 ΦR の元 a および RC の元 b をとる。
Yoneda の補題によって RC≅Hom(YC,R) が成り立つから、 この全単射を通して b と対応する射を b:YC→R とおく。
すると、
hR,Cb:=αC∘Φb:ΦR→PC
が得られるから、 この写像による a の像を b に対応させる写像として、
γR,Ca: QC ⟶ PC b ⟼ hR,Cba
が定義できる。
これは C に関して自然であることが分かるので、 自然変換 γRa:R⇒P が得られる。
すると、 これを a に対応させる写像として、
ξR: ΦR ⟶ HomP(R,P) a ⟼ γRa
が定義できる。
Hom(R,P)=(ZP)R であることと、 この写像が R に関して自然であることから、 自然変換 ξ:Φ⇒ZP が得られた。
逆に、 自然変換 ξ:Φ⇒ZP が与えられたとする。
の対象 C に対して、 Yoneda の補題により (ZP)(YC)=Hom(YC,P)≅PC であるから、 この自然変換の YC-成分は、
αC:=ξYC:ΦYC→PC
という形の写像を与える。
これは C に関して自然であるから、 自然変換 α:Y∗Φ⇒P が得られた。
以上の構成は互いに逆になっているので、 式 ♡ が示された。
以上の補題を用いると、 定理 1 の主張の必要性が証明できる。
命題 5.
Set 上の共変 Yoneda 埋め込み関手 Y:Set→SetSet∘ について、 それを右端とする長さ 5 の随伴列 U⊣V⊣W⊣X⊣Y が存在する。
証明.
以下、 圏 上の Yoneda 埋め込み関手を Y:→Set∘ で表すことにする。
また、 対象と射を全くもたない圏を 0 で表し、 対象と射をそれぞれ 1 つしかもたない圏を 1 で表す。
まず Y0 に補題 2 を適用すると ∃Y0⊣Y0∗ が得られる。
さらに補題 4 を適用すれば Y0∗⊣YSet0∘ が得られる。
ところで Set0∘≅1 であるから、 最終的に ∃Y0⊣Y0∗⊣Y1 が得られたことになる。
この随伴列に補題 3 を適用すると (∃Y0)∗⊣Y0∗∗⊣Y1∗ が得られる。
さらにこの両端の関手について、 補題 2 によって ∃∃Y0⊣(∃Y0)∗ が得られ、 補題 4 によって Y1∗⊣YSet1∘ が得られる。
ところで Set1∘≅Set であることから、 結局、
∃∃Y0⊣(∃Y0)∗⊣Y0∗∗⊣Y1∗⊣YSet
が示され、 この随伴列が存在を示したかったものである。
ということで、 Set 上の共変 Yoneda 埋め込み関手 Y:Set→SetSet∘ に関する随伴列 U⊣V⊣W⊣X⊣Y が構成できた。
…のだが、 構成が抽象的でよく分からないので、 具体的な形も書いておこう。
導出過程は省略するが、 上の証明の構成から、 それほど難しいわけではない計算で全て導出できる。
まず、 V と X はそれぞれ与えられた前層に 0 と 1 を代入する関手である。
V: SetSet∘ ⟶ Set P ⟼ P0 X: SetSet∘ ⟶ Set P ⟼ P1
真ん中の W は集合から定値前層を作る関手である。
W: Set ⟶ SetSet∘ A ⟼ ❲ Set∘ ⟶ Set ⟼ A❲
一番左の U は以下の通りである。
U: Set ⟶ SetSet∘ A ⟼ ❲ Set∘ ⟶ Set B ⟼ Hom(B,A)×A❲
では次回は、 定理 1 の主張の十分性の方の証明を行おうと思う。
参考文献
- R. J. Wood (1982) 「Some remarks on total categories」 『Journal of Algebra』 75:538–545
- R. Rosebrugh, R. J. Wood (1984) 「An adjoint characterization of the category of sets」 『Proceedings of the American Mathematical Society』 122:409–413