日記 (2023 年 8 月 29 日)

今日は、 照応代名詞についてです。

以下は 「照応代名詞 (anaphoric pronoun)」 と呼ばれる代名詞の一種です。 接尾人称代名詞とは違い、 これは独立した単語です。 属格形と対格形は全て同じになります。

属/対
男.単šūšuāti
女.単šīšuāti
男.複šunušunūti
女.複šinašināti

この単語は、 文脈上で前に出てきたものを指して 「その人」 や 「それ」 を意味したり、 遠くのものを指して 「あの人」 や 「あれ」 を意味したりします。 また、 名詞としても形容詞としても使われることがあります。 形容詞として使われる場合は、 通常の形容詞と同じように、 修飾される名詞の直後に置かれてその名詞と性, 数, 格が一致します。

これを踏まえて、 『ハンムラビ法典』 §2 の続きを読んでみましょう。 §2 はこれで終わりです。

𒋳 𒈠 𒀀 𒉿 𒇴 𒋗 𒀀 𒋾 𒀭 𒀀𒇉 𒌑 𒋼 𒅁 𒁉 𒁀 𒀸 𒋗 𒈠 𒅖 𒋫 𒀠 𒈠 𒄠 𒊭 𒂊 𒇷 𒋗 𒆠 𒅖 𒁉 𒀉 𒁺 𒌑 𒀉 𒁕 𒀝 𒊭 𒀭 𒀀𒇉 𒅖 𒇷 𒀀 𒄠 𒂍 𒈬 𒌒 𒁉 𒊑 𒋗 𒄿 𒋰 𒁀 𒀠
𒋳šum 𒈠ma 𒀀a 𒉿wi 𒇴lam 𒋗šu 𒀀a 𒋾ti 𒀭d 𒀀𒇉id2 𒌑u2 𒋼te 𒅁eb 𒁉bi 𒁀ba 𒀸 𒋗šu 𒈠ma 𒅖 𒋫ta 𒀠al 𒈠ma 𒄠am 𒊭ša 𒂊e 𒇷li 𒋗šu 𒆠ki 𒅖 𒁉pi2 𒀉id 𒁺du 𒌑u2 𒀉id 𒁕da 𒀝ak 𒊭ša 𒀭d 𒀀𒇉id2 𒅖 𒇷li 𒀀a 𒄠am 𒂍e2 𒈬mu 𒌒ub 𒁉bi 𒊑ri 𒋗šu 𒄿i 𒋰tab 𒁀ba 𒀠al
šumma awīlam šuāti Id ūtebbibaššūma ištalmam, ša elīšu kišpī iddû iddâk; ša Id išliam bīt mubbirīšu itabbal.
šummašummaもし awīlamawīlam|単.対 šuātišū照代|男.単.対 IdIdイド ūtebbibšūmaubbubumamšuma無罪とする|完.三.男.単接人代|三.男.単.対そして ištalmamšalāmumam無事である|完.三.男.単 šaša限関 elīšuelišu~に接人代|三.男.単.属 kišpīkišpū魔術|複.対 iddûnadûmu罪を負わせる|結.三.男.単 iddâknadūkum殺される|継.三.男.単 šaša限関 IdIdイド išliamšalûmam飛び込む|結.三.男.単 bītbītum|連.単.対 mubbirīšuubburumšu告発する|代接.分.男.単.属接人代|三.男.単.属 itabbaltabālum取る|継.三.男.単
もしイドがその人を無罪とし彼が無事であったなら、 彼に魔術の罪を負わせた者は殺され、 イドに飛び込んだ者は彼の告発者の家を取るだろう。

šumma の後の awīlam šuāti のところで、 今日やった照応代名詞が使われています。 ここでは、 šuāti は形容詞として使われて直前にある awīlam を修飾し、 「その人を」 の意味になっています。 川に飛び込んだ人のことですね。

この後の ūtebbibaššūma は、 いろいろな接辞が付いていてちょっとややこしくなっています。 ベースとなっている部分は、 1e 弱語根 √ʔ-b-b の D 型動詞 ubbubum の完了相三人称男性単数形 ūtebbib です。 これは 1e 弱動詞なので、 人称を表す接辞が ta- ではなく te- になるところに注意です。 これに来辞標識の am と接尾人称代名詞の šu と小辞の ma という 3 つの接尾辞がくっ付いて ūtebbibaššūma になっているのですが、 am は末尾の m が後続の š と同化して になり、 šu は後ろの ma が付いた影響で長母音化して šū になっているところにも注意です。

次の ištalmam も、 ちょっとした注意点があります。 これは強語根 √š-l-m の G 型動詞 šalāmum の完了相三人称男性単数形 ištalam に、 来辞標識 am が付いた形です。 そのまま付ければ ištalamam になりますが、 -tala- の部分で短母音開音節が連続しているので、 母音消失が起こって ištalmam になっています。 ちなみに、 ここの来辞標識は前にある ūtebbibaššūma に引っ張られて付けられているだけで、 特に意味はありません。

ここまでが条件節でここからが帰結節です。 帰結節の最初の ša elīšu kišpī iddû は、 関係詞の ša が導く先行詞のない関係節です。 動詞の iddû は、 1n3y 弱語根 √n-d-y の G 型動詞 nadûm の完結相三人称男性単数形 iddi に、 従属標識の u が付いた形で、 iu が母音融合することで iddû になっています。 したがって、 関係節の中身である elīšu kišpī iddû の部分は 「彼に魔術の罪を負わせた」 の意味になるので、 関係節全体は 「彼に魔術の罪を負わせた者」 の意味になります。

学習ログ 18 でやった §2 の最初に ša elīšu kišpū nadû という似たような表現が出てきましたが、 ここの šu と今回の šu は役割が違うことに注意してください。 ša elīšu kišpū nadûšu は、 省略された先行詞を受け直している人称代名詞で、 関係節全体は 「魔術が彼に罪として負わせられたところのその彼」 を表しています。 つまり、 これは告発された人のことです。 一方で ša elīšu kišpī iddûšu は、 これまで話題にしている川に飛び込んだ人を表している人称代名詞で、 関係節全体は 「魔術を罪として負わせた者」 を表します。 これは告発した方の人です。

さて、 この関係節の後に iddâk が続いて ša elīšu kišpī iddû iddâk という 1 つの節が終わるわけですが、 この後は ma などの接続詞なしで ša Id išliam と新しい節が続きます。 これは 「接続詞省略 (asyndeton)」 という現象です。 英語においてセミコロンで文を繋ぐのと似たような感じかなと思っています。

接続詞省略された後の節は ša Id išliam から始まりますが、 ここも先行詞のない関係節になっています。 ここの動詞の išliam は、 šalûm の完結相三人称男性単数形 išli に、 来辞標識の am が付いた形です。 来辞標識は、 直前の Id に着目して 「イドの方に向かっている」 ことを表すために付けられています。 また、 Id は対格として使われていて、 išliam の目的語になっています。 この辺りは、 学習ログ 21 でやった §2 の 2 文目冒頭の Id išalliamma と同じですね。 なお、 išliam は関係節の中なのに従属標識が付いていませんが、 来辞標識が付いている場合は従属標識は省略されることになっています。

この次は bīt ですが、 ここは楔形文字では e2 で書かれています。 e2 は 「家」 を表す表語文字なので、 標準化の際は、 対応するアッカド語の単語である bītum を適切な形にしないといけません。 ここでは、 次に名詞の属格形があるため、 属格形による修飾を受ける形である連語形の bīt が適切です。

次の mubbirīšu は、 ubburum の分詞男性単数属格形 mubbirim に、 接尾人称代名詞の三人称男性属格形 šu が付いた形です。 名詞に接尾人称代名詞が付くときはその名詞は代名接続形になるので、 mubbirimmubbirī になります。

ここの 2 単語をまとめましょう。 ここで表現したいのは、 「彼の告発者の家」 です。 まず、 bītum 「家」 が 「彼の告発者」 という名詞による修飾を受けるので連語形になり、 bīt という形になります。 mubbirum 「告発者」 の部分は修飾する側なので属格形で、 「彼の」 という人称代名詞が付くのでさらに代名接続形にもする必要があるため、 mubbirī という形になります。 これで bît mubbirīšu という表現ができました。

最後の itabbal は、 tabālum の継続相三人称男性単数形です。 単数形の連語形には格の区別がないので少し分かりづらいですが、 前にある bīt mubbirīšu が対格として使われていて、 ここの目的語になっています。